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春と夏の甲子園

 投稿者:Monogatari Rekishi  投稿日:2008年10月26日(日)17時04分55秒
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  > No.139[元記事へ]

「明訓入学当時」と『大甲子園』と『プロ編』だけで比較

1966年夏の甲子園は第48回全国高等学校野球選手権大会(Wiki)。優勝校は愛知代表・中京大学附属中京高等学校。
1967年夏の甲子園は第49回全国高等学校野球選手権大会(Wiki)。優勝校は千葉代表・習志野市立習志野高等学校。
└→星飛雄馬が東京・青雲高校のエースとして出場した大会はこの2つのどちらか。愛知代表・尾張高校(アニメで三河高校)は前大会の優勝校。青雲が決勝で戦った相手は金川代表・紅洋高校。

1972年夏の甲子園は第54回全国高等学校野球選手権大会(Wiki)。白新高校3年時代の国立玉一郎が出場を目指した(出場逃す?)のはこの大会か。

1973年夏の甲子園は第55回全国高等学校野球選手権大会(Wiki)で、作新学院高校の江川が活躍。阿蘇高校の王島大介も出場か。
秋のドラフトでメッツは唐部と丘を指名。
王島は阪神から指名され、王島の学友が稲尾監督の太平洋ライオンズから指名された。

新潟西高校のエースは日下部了で、彼が高3の夏の予選、決勝の最後の1球で負傷し、富樫平八郎がリリーフ。最終打者を打ち取って甲子園進出。
新潟西は甲子園で優勝。
富樫と日下部が高3の秋にドラフトで野村監督の南海から1位指名されたが、日下部は拒否して早稲田大学に進学。
東京メッツが3位で富樫を指名。

1974年
春に山田太郎、岩鬼正美、殿馬一人(or数人)、里中智が神奈川明訓高校に入学。
不知火守が白新高校に、雲竜大五郎が東海高校に入学。
神奈川明訓高校が甲子園に初出場。
夏の甲子園は第56回全国高等学校野球選手権大会(Wiki)。
「明訓入学基準」で山田世代が初出場した大会になる。
秋のドラフトでメッツが早稲田大学の日下部了(新潟西高校出身)を指名。
阪神の岩風が引退し、巨人学園の監督に(『一球さん』)。

1975年
春の選抜は第47回選抜高等学校野球大会(Wiki)。
夏の甲子園は第57回全国高等学校野球選手権大会(Wiki)。

1976年
春の選抜は第48回選抜高等学校野球大会(Wiki)。
夏の甲子園は第58回全国高等学校野球選手権大会(Wiki)。
(1)1974年春に明訓に入学した初期山田世代は1976年度(1976年4/2~1977年4/1)で高3。太平監督指揮下の『ドカベン』終盤~『大甲子園』の時期に相当。
(2)アニメの山田世代が中3で鷹丘中学×東郷学園。
(3)山田世代が徳川監督指揮下の高1でいわき東と対戦したときがいわき市の鑛山閉山の年だとすると、この1976年夏の大会で山田世代が高1(あるいは前後数年前後の誤差もありうる)。
(4)1976年度には『ドカベン・プロ野球編』の山田世代が誕生。

1977年
春の選抜は第49回選抜高等学校野球大会(Wiki)。
夏の甲子園は第59回全国高等学校野球選手権大会(Wiki)。

1978年
春の選抜は第50回選抜高等学校野球大会(Wiki)。
夏の甲子園は第60回全国高等学校野球選手権大会(Wiki)。

1979年
春の選抜は第51回選抜高等学校野球大会(Wiki)。
山田世代高2春の選抜では、江川学院の中(あたる)による山田5打席連続敬遠、徳川監督率いる信濃川との対戦で里中のつき指、さとるボール誕生、土佐丸の犬神との対戦、岩鬼の眼鏡打法と殿馬の長いバットによる「秘打・円舞曲別れ」など、明訓は苦戦しながら優勝。
夏の大会は第61回全国高等学校野球選手権大会(Wiki)。明訓が弁慶高校に敗れ、大会中に土井垣が日本ハムファイターズに、犬飼小次郎が南海ホークスに入団。前年のドラフト指名から9個月。
明訓が去ったあとの夏の大会では決勝で通天閣と甲府が戦い、坂田三吉が通天閣打法でランニングHRを決め、通天閣の優勝。

1985年ごろ
春の選抜は第67回全国高等学校野球選手権大会(Wiki)。『大甲子園』ではこれが山田世代高3春の甲子園で、このあと『ドカベン』から『大甲子園』に移る。
夏の甲子園は第67回全国高等学校野球選手権大会(Wiki)。
夏の甲子園準決勝で青田と明訓が再試合。
『大甲子園』における山田世代高3。夏の大阪での予選では昨年度優勝校の通天閣が南波に敗れ、開会式では坂田三吉が一人で優勝旗を返還。
清原和博と桑田真澄が甲子園で活躍。

1991年
新潟明訓高校(Wiki)が甲子園に初出場。
夏の大会は第73回全国高等学校野球選手権大会(Wiki)。
甲子園のラッキーゾーンはこの年を最後に撤去。山田世代高2夏の選抜で殿馬が「秘打・円舞曲別れ」で打った打球は、犬神が捕球したものの、そのままラッキーゾーンに落下してHRになった。
山田世代高2夏の対弁慶戦では余った観客がラッキーゾーンで観戦。

1992年
『ドカベン・プロ野球編』以降の設定では山田世代が92年春に明訓に入学。微笑が横浜学院に轉校する予定が、間違えて明訓に来てしまったのもこの年。土門と微笑のバッテリーは土門が横浜ベイスターズに、微笑が巨人に入団後、95年夏のオールスターで実現する。
夏の甲子園は第74回全国高等学校野球選手権大会(Wiki)。『プロ編』ではここで神奈川明訓が甲子園に初出場して初優勝。
秋のドラフトで日本ハムが土井垣を、ダイエーが犬飼小次郎を指名か。

1993年
春の選抜は第65回選抜高等学校野球大会(Wiki)。
『ドカベン・プロ野球編』以降の設定では山田世代が93年春に高校2年に進級し、春の選抜で優勝。
夏の甲子園は第75回全国高等学校野球選手権大会(Wiki)。新潟明訓2度目の出場。『ドカベン・プロ野球編』の世界ではこの大会で神奈川明訓が弁慶に敗れた。
夏に土井垣が日ハムに、犬飼がダイエーに入り、明訓の監督は数学教師・太平に。

1994年
春の選抜は第66回選抜高等学校野球大会(Wiki)。
夏の甲子園は第76回全国高等学校野球選手権大会(Wiki)。
『ドカベン・プロ野球編』では山田世代高3の明訓がこの2大会でV。夏の大会では通天閣が予選で南波に敗れ、開会式では坂田三吉が一人で優勝旗を返還。
秋のドラフトで明訓5人衆(山田→西武、岩鬼→ダイエー、殿馬→オリックス、里中→千葉ロッテ、微笑三太郎→巨人)がプロ入り。
秋のドラフトで城島健司がダイエーから指名され、進学を撤回して入団。

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春と夏の甲子園・索引
2008年11月29日投稿

Wikipedia
ドカベンの登場人物
第56回全国高等学校野球選手権大会(1974年夏の甲子園)
第47回選抜高等学校野球大会(1975年春の甲子園)
 
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