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Re: LR2墜落

 投稿者:ぽっくる  投稿日:2017年 5月24日(水)07時05分9秒
返信・引用
  > No.8822[元記事へ]

あと原因で考えられるのはバードストライク、小型機の場合前面に衝突されると
かなりの衝撃があり窓も破壊されるようなので濃霧の中、緊急の操作が可能であった
か否か、取り敢えずボイスレコーダーが回収されたそうで究明に期待が持てます。

話は変ってテロ対策法案が衆院可決されました、民進のクイズ王、小西がこの法案が通れば
本気で亡命を考えるとの事ですがこういった法が無い国はソマリアとか南スーダンとか
数カ国しかないそうで何処へ行かれるのか興味深いところです。採決投票でオザーさんが
棄権してたようですがどうしたんですかね?どうせ決まるとこに行くのも無駄と考えたのか
オザーさんらしいなとふと思いました。
 

Re: LR2墜落

 投稿者:夕日  投稿日:2017年 5月20日(土)13時12分18秒
返信・引用
  > No.8820[元記事へ]

ぽっくるさんへのお返事です。


この事故を知った時、最初思い浮かんだのが、昨年4月、鹿児島・鹿屋で発生したU-125御岳墜落事故。
あれも、なんであんなとこへ突っ込むんやろ? が地元民の疑問だったようだ。

自衛隊の航空機は高度計が狂ってるんやないやろか、と思わずつぶやいた。
 

「安倍政治を終わらせよう」5.19院内集会

 投稿者:飛騨の山猿メール  投稿日:2017年 5月20日(土)11時17分9秒
返信・引用
 
2017/05/19 に公開
【戦争をさせない1000人委員会・立憲フォーラム】
第一部
衆参両院の法務委員からの報告、各団体から
(森ゆう子議員も挨拶しています。)
第二部
映画「日本と再生」上映、吉原毅さん(城南信用金庫相談役)から挨拶
 

LR2墜落

 投稿者:ぽっくる  投稿日:2017年 5月20日(土)10時55分43秒
返信・引用
  先の自衛隊機であるが墜落地点付近と直前に着陸した大型のANA-B777が着陸進入の為右旋回した場所が一致していたのが気になる、札幌丘珠から発したLR-2の函館到着予定が11:50、ANA機の着陸時間が11:44。通常離発着の間隔は後方乱気流を避ける為先行機の2分以上、影響度の大きい小型機は3分以上とされるらしい。後方乱気流は大型、低速時に大きくなるそうだが自衛隊機は雨、濃霧のため計器飛行、高度1000mの指示を受け着陸進入体制に入っていた、ところが高度300m~400m程度の山崖に衝突的な墜落をしている。
過去に岩国海自機小型ジェットで訓練中、先に離陸した大型飛行艇US-2の後にタッチアンドゴーを決行した際に機体制御を失い事故発生した事で以後管制が後方乱気流に神経質になったという逸話もある。今回国内最大級B777であり低速且つ右旋回での乱気流が想像を超えたレベルではなかったかと思う次第、今後関係者によって原因究明がなされると思うが今回といい辛坊の一件といい超えた危険は例え自衛隊であっても控えるべきと思う、損失が余りに大きすぎる。
 

Re: 日本の平和主義 9条の精神を壊すな

 投稿者:ぽっくる  投稿日:2017年 5月16日(火)21時02分47秒
返信・引用
  > No.8816[元記事へ]

飛騨の山猿さんへのお返事です。

9条は戦後韓国李承晩による竹島略奪で幻想であることが証明されてます。
 

日本の平和主義 9条の精神を壊すな

 投稿者:飛騨の山猿メール  投稿日:2017年 5月15日(月)11時53分59秒
返信・引用
  憲法記念日に、安倍首相が自民党総裁としてとことわりつつも、九条改正を唱えたのを聞き、皆さんはどう思われただろう。自衛隊の存在を書き込むだけなら認めていいと思われたか、それとも不安を覚えられたか。私たち論説室は今年の元日前後に「日本の平和主義」と題した連載型の社説を掲げた。安保法が成立し次にはどんな形であれ、改憲の動きが出てくる。そうなれば焦点は九条、日本の平和主義が危うくなると考えたからだ。連載の初回(十二月三十日)は、ずばり「憲法改正が来年の大テーマとなるでしょう」と書き出して、憲法の理想と現実の間には隔たりがあるが、現実を理想へと近づけることこそが正義の姿であると述べた。だから九条の平和主義を高く掲げよ、と。
私たちのその姿勢は今ももちろん変わらない。連載は被爆国日本の役割、不戦の国の誇り、自衛隊らしい「人助け」、「非戦」は国家戦略であると続けた。訴えたかったのは、戦後七十年余の長きにわたり戦争をせず今日に至ることのできたのは、それが国民多数の願いであり、願いの象徴的文言が九条であるということだ。政治に知恵を絞らせもした。自衛隊はたしかに憲法の字句外にある。戦力不保持をいう憲法下で発足し、国連PKО(平和維持活動)の名の下に今は外国へも行く。しかしそれでも九条を侵しはしない。
守るべきは専守防衛。他国の侵害はしない。
首相は九条の一、二項、すなわち戦争放棄と戦力不保持を維持したうえで、自衛隊を認める明文を加えたいという。巧みな言い方である。 しかし、そもそも歴代の政府も多くの国民もその存在を認めてきた自衛隊を、急いで書き込む理由は何なのか。しかも今の自衛隊は安保法により違憲濃厚な集団的自衛権を付与されている。展開次第では九条が歪(ゆが)められ、日本の平和主義は変質してしまうかもしれない。父や母、祖父や祖母、戦争体験者たちが命がけで守ってきた戦後日本の思いが霧消してしまう。キナ臭い現実をまだ見えぬ理想に近づけよう。現実の追認は未来への否認である。人類の正義は理想へ向かう行動にある。九条の精神を壊してはなるまい。

http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2017051502000095.html
 

Re: 歴史は大事である

 投稿者:夕日  投稿日:2017年 5月15日(月)09時05分9秒
返信・引用
  K さんへのお返事です。


こういう話をこういう処でやるのはどうにもじれったい。

>あっしが常々思ってるのは、現在の規範で過去を裁いてはいけないと云うこと

ワシもそう思う。が、ちょっとK丼とはニュアンスが違うかも。
ワシの場合は、現在の常識で、過去人が持っていた常識を考えるな、ということ。
たとえば過去の政や歴史を作った人の行動には、現在よりはるかに信仰的な要素・思想信条が反映されていただろうと、いうようなこと。


>軍部が統帥権を乗っ取りできたのは、云うまでもなく、天皇が積極的に統治しようとしなかったから。
>軍部が暴走の兆しを見せていた昭和のはじめ、天皇は強権を発動して完全に鎮圧し、軍部を再構築できたはずなんだけんどそれをやらなかった。…だから、天皇に責任はある。

前に、k丼はワシの考え方をさかさまだと言ったが、その言葉、この際、そっくりお返ししますわ。

ワシャこういうことを勉強したわけではないので、どういう形態の国家が近代的国家なのかは知らない。
しかし自分の概念として近代国家とは、憲法により統べられる中央集権国家というイメージがある。

明治国家もその創成期に、国家とはどうあるべきかを考え、手本とすべき西洋文明を学ぶために、無謀にも、大手術したばかりの日本を後に、政府首脳(岩倉、木戸、大久保)および多数の当時のエリート集団を派遣し、2年弱もの間、米欧を回覧見聞させたたのである。
明治4年暮から6年の秋までの所謂、岩倉使節団である。彼らへの指令は、
「欧米諸州、開化最盛ノ国体諸法律諸規則等、実務二処シテ妨ゲナキヲ親見シ、其公法然ルベキ方法ヲ探リ、
之ヲ我国民二施設スル方略」
を探索せよ、である。

彼らは、米・英・仏を実地に見、その仕組みを理解するが、どの国にも一長一短を感じる。
あまりにも自由な米も、日本には?、英の君主制・貴族の出しゃばりもわかりにくい、仏はドイツに負けたばかりで、幕府にも味方したし、共和制になったり君主制になったりで…、つまりどの国も帯に短し・たすきに長しでいまいち。

そして彼らはドイツに入る、そこで多分合点した。
当時のドイツの状況が日本と似た状況にあったことや、ビスマルクの巧みな弁舌の影響もあったかもしれない。
天皇に比すべき皇帝がおり、その下に宰相ビスマルクがいる。3巨頭の心情に、ぴったり重なった?。
つまり明治政府は、ドイツを参考に近代国家としての青写真を描く。

新国家建設のためとはいえ、維新の中心人物4人中、西郷を除く3人もが、このいわゆる岩倉使節団に参加している。

近代国家とはいかにあるべきか、君主がいかにあるべきか、それを課題にしている彼らが見誤るはずはない。
法治国家であり、である以上、君主も法の下にある。西洋風に言えば『法を王の上におく』、である。
立憲君主制の君主とはある意味、制限君主であり、『君臨すれども統治せず』、が原則である。
彼らはしっかり学び、このことは大日本帝国憲法に反映されたはずである。

自ら統治しなかったからと、頑なに憲法を遵守した昭和天皇を責めるのは、全くこの制度を理解していないし、
維新を経て明治日本を主導し、さらには国家の何たるかを学びに行った元勲達(他、伊藤博文も参加)の叡智見識をあまりにも見くびっていないか。

敢えて言えば、かかる経過を経て作られた憲法をそのままに、ご親政などというのはあり得ないのである。
天皇が統治すべきだったというのであれば、憲法停止の上、天皇御親政というのが筋であろう。

憲法停止、天皇御親政は、まさに、2・26の将校どもが妄信した北一輝や、好戦的軍部に踊らされた(のか)秩父宮が言ったことでもある。(多分に蘇峰もその口だと思うが)
まさに革命・クーデターである。
その心は、天皇を押し込めの上、幼少天皇を立て、意に沿う摂政のもと軍部独裁政治を図る。大逆罪である。

明治天皇の大日本帝国憲法発布時の勅語を今一度よくよく読んでみればいい。
『国家統治の大権は朕が之を祖宗に承けて之を子孫に伝うるところなり朕及び朕が子孫は将来この憲法の条章に循い之を行うこと愆らざるべし

『法を王の上におく』、ことを明治天皇自ら明確に宣言しているのだ。
昭和天皇はそれを厳格に守り、憲法絶対を貫かれただけのことである。
立憲君主の範と称えられても、天皇に罪を擦り付けた輩共が云うような凡庸な君主であったはずがない。


?
 

Re: 歴史は大事である

 投稿者:K   投稿日:2017年 5月14日(日)15時31分58秒
返信・引用
  > No.8809[元記事へ]

夕日さんへのお返事です。

そそ、調節じゃなくて超越。深読みしてくれてあんがとさん。

なんかさ、頭が働いていないからやめとこと思って消した内容が復活してんだよね。
もしかしたらオヤジ丼の統帥権が発動された?
消すのも気持ちよくなかったんで、まぁ、いいけんど。w

あっしが常々思ってるのは、現在の規範で過去を裁いてはいけないと云うこと。
かつ、現在の常識で過去を顧みるべしと云うこと。
これらをごっちゃにしている人は、案外多い。
政治的に利用する人はもっと多いね。

フラットに制度を眺めれば、統帥権がどうとか指揮権がどうとかで、構造的に行政権がどの範囲だとか言う話になるのだろうけんど、
それをやるのなら、大日本帝国憲法が回復できたときにしておくれ。

内閣があって、陸海軍ごとに大臣がいたと云う時点で、軍部は明らかに行政権。
閣議を以て動くと云う意味では、最高指揮官は内閣総理大臣。
でもさ、最終的な権限は天皇にあると言明したのが統帥権だと思うんだよね。
軍部は行政権に属しながらも天皇直属でもある、ってこと。
そうしなければ、権威づけもできず、富国強兵もできなかったっつーこと。
でも、唯一の想定外が、臣下である軍部が天皇の統帥権を乗っ取ろうとするなんて思わなかったってこと。

軍部が統帥権を乗っ取ろうできたのは、云う間でもなく、天皇が積極的に統治しようとしなかったから。
御前会議で「よきにはからえ」ばかりじゃ、「俺たちってもしかしたら偉い?」って思ってしまうわな。
特に単細胞の軍人ならなおさら。特に陸軍はアメーバのような細胞の持主ばかりだったから。

軍部は特別な地位を与えられていた。
憲法に規定されているので超法規的な存在とは言えないものの、
特別な地位を保証された存在でり、他の誰よりも天皇に忠実でなければならなかったのに勘違いして暴走した。
結果、国を滅ぼした。

今の考えでさばけば、大日本帝国憲法に文民統制の規定がなかった「瑕疵」と云えるものだろうけんど、
当時はそのような意識は低かった。
じゃ、誰のせい?

いやー、政治家や政治や民の意識の問題でしょっつー話。
お陰で今の日本は文民統制なわけだし。
ちなみに、文民統制っつー言葉は日本国憲法で初めて作られた言葉らしいね。

軍部の暴走を防げなかった原因は何かと問われれば、概念が時代に追い付かなかったとか、
制度に瑕疵があったのかもしんねー、とかいろいろあるとは思うけんど、
その中には天皇の責任と云うものはおのずとあると思う。

軍部が暴走の兆しを見せていた昭和のはじめ、
天皇は強権を発動して完全に鎮圧し、軍部を再構築できたはずなんだけんど、
それをやらなかった。
それはエゲレス国に近代君主の在り様を学んだからと云う話になっているけんど、
肝心の臣下は近代君主の臣下とはなっていなかった。
だから、教育が必要だったわけだけんど、君臨するだけで統治しようとしなかったことが、
後の軍部の大暴走を招く。

だから、天皇に責任はある。
あるけんど、それはGHQが訴追しようとしたような罪状ではないことだけは確か。

前の戦争では多くの人は死んだ。
死んだけれども、その中でも天皇は身を挺してこの国を守った。
それはGHQに出かけて行った勇気と云うことだけではなく、
自らの行いの行き着く先として待っていた終戦を詔勅で成し遂げたこと。
終戦間際の天皇は、統帥権の権化と化した軍部にお命を狙われていたとも聞く。
統帥権が統帥権を殺してどないすんねんっつー話なんだけんど。

このあたりは今の考えで過去を裁くと云う意味ではなく、
私も先の戦争の結果に対する責任は天皇にあったと思う。

ちゃんと統治してくれていたらよかったのにっつー話。
私にはエゲレスの夢の国と見てその習いに従ったために、我が国に相応しい統治を天皇が怠ったとみる。
臣下の顔を立てるよりもまず臣民のことを考えるであれば、時機尚早だったとでも言おうか。(礼
 

Re: ビックリした:

 投稿者:K   投稿日:2017年 5月14日(日)14時45分30秒
返信・引用
  > No.8811[元記事へ]

岩さんさんへのお返事です。

岩丼さー、今更思うことなんだけんど、日活ロマンポルノ。
日活が映画ブームに胡坐をかいているうちに落ち目になって、共産党系労組に経営権を握られて、日活復活の目玉としてスタートしたのが日活ロマンポルノだそうな。俺的には下らんエロ映画ぐらいにしか思ってなかったんだけんど、インターネットの時代になって海外からの無修正動画が跋扈する時代。そうなる直前にバブルを迎える直前あがりで日活ロマンポルノは終わった。直前の悪あがきで「ロッポニカ」なんて言う名前に変えたんだったかな。でもつぶれた。

でもさー、演技派で知られる男優・女優の中には日活ロマンポルノ出身の人って多いんだよね。でも、ブルーフィルム上がりのインターネットエロ動画上がりでは、名を挙げる人はほとんどなし。(中国では蒼井何某とか言うのが人気だそうだが) どうやら日活ロマンポルノは共産党系の左翼活動家が体制批判をするためにやっていたようなところがあるらしいけんど、脱がなくてもやってけるような男優・女優を育てる暗黙のシステム、脱がせなくてもやっていけるカントクを育てる暗黙のシステムが、日活にはあったらし。蟹江敬三しかり、白川和子しかり、若い方では、美保純なんかもそう。美保純ってもう還暦なんだってね。信じられん。

日活ロマンポルノなんてケーブルテレビぐらいでしか見たことなかったし、わざわざ映画館に出かけたことすらなかったけんど、今の視点で見るとストーリー性だけではなく、作品によっては芸術性すらあるものもある。もちろん、聖子の太股なんて言うタイトルには芸術性も何もないけんど、昔は単なるエロでとしか考えられなかったものであっても、今だからこそ価値のあるブランドなのかも知れないと思ったりする。

岩丼は欧州のエロがお好きなようだけんど、日本には日本のエロがある。見えそうで見えないのが日本なのに対して、見せるところは見せて、あとはストーリーと演出みたいな欧州と日本とでは違うのだろうけんど、日本では日活ロマンポルノが再スタートするとのこと。

日本には日本のエロがよいと思う。ただ、毛が見えるとか見えないとかそんなくだらない表現じゃなくてって感じ。(れ
 

ビックリした:

 投稿者:岩さん  投稿日:2017年 5月13日(土)19時07分5秒
返信・引用
  この下の書き込み、てっきりKさんのと勘違いし、一瞬ボーッとなった。夕日さんので安心した。
心が通じるというのは安心である。安心、これ人生における慰めである。

最近は西洋の映画のベッドシーンとか、抱擁の場面をよく見る。嫁さんは嫌うけど、あちらの人如何にも上手である。そしてきれい。元気がなくなったので、そういうのを見て人生を楽しんでます。好きな女優何人かおるが、エマニュエルの最後、三作目、いいですねー。他色々あるが、、、、そういうことです。早く暇になって読書に浸りたいが今のささやかなる夢です。
 

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