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  1. 下目黒の恐怖の精神虐待魔について語るスレ(0)
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自由は規律の中にある

 投稿者:憂国への一言居士メール  投稿日:2007年11月 6日(火)14時43分8秒
  国歌斉唱で不起立の報告を教育委員会にされたのは不当だと思い、訴える教師が現場にいるようでは、教室内の生徒は混乱するばかり。国家への異議があるなら、別の場で主張するべきではないか。視点がづれると大混乱。何も国歌斉唱や国旗掲揚が国家主義であるはずがない。けじめをつけるときに主権国家として纏まらずしてどうやって世界とわたりをつけるのか聞きたいところだ。一方でオリンピックやサッカーの国際大会では一般には是認されているのに。もちろん、フランスのように国歌「ラ・マルセイエーズ」の歌詞が余りにも時代にそぐわないと言う議論で変更した事例もあるが、変更と言う手段もあるが、論点が余りにも平和ボケであると私は思う。
何もことが起こらないときはよいが、有事のときに大混乱をきたす。このあたりは、やはり西欧はゆるぎない面が多い。大人の国とでも表現できよう。
西欧人に日本の昨今の世相についての悩みを尋ねると、古い歴史を持つのに伝統を重んじないからではないか、と言う意見も出た。言われてみると然り、と思った。わが国の古い文化をじっくり回顧してみようではないか。しかし、どうしてもこの前の、と言っても60年前の戦争が何をするにも言うにも立ちはだかって邪魔をする。国を一度誤まるとこんなにもマイナス波及損失が続くのだ。戦争は勝っても負けても失うものが計り知れない。

昨日、教育評論家が大麻所持で容疑を認め、刑に服することのニュースが流れた。自称でも教育評論家と銘打つなら、絶対に許せない。混乱の極み。

週間「東洋経済」の医療崩壊についてを図書室で今読んできて、あきれたこと山ほど。出産費用を踏み倒す女たちに多いのがルイ・ヴィトンのバッグを持って、高級乳母車に子供を乗せて、医師に菓子折りを届けるそうだ、また救急医療のコンビニ化にいたっては、昼間夫婦で共稼ぎのため、夜中に受診に来て、明日ハワイに行くので風邪の予防接種をして欲しい、とやってくる自己中心族たちやモンスターペアレンツの実例など枚挙に暇なし。
これは、ベンツを乗り回す余裕があるにもかかわらず、子供の学校給食費を踏み倒す親と同根。人としての倫理が無いのに高級ものに走る幼稚な豊かさのゆがみ。
学校と親の問題も双方に立場、主張、言い分があるのは、判るが、一昔前と比べて、今日のニュースにもあるように学士称号が530余りにも及び、どのような学問なのか計り知れぬ少数分野を許認可する問題もさることながら、学力、能力、努力差は棚に上げても石をぶつけると学士様が闊歩する時代、先生の地位も権威も昔の先生と質の差を含めても低下しているから生じてくる。悪しき平等主義が教育内容を低下させ、混乱を招いている。西欧では、未だに誰もがやたらに大学へは行きたがらない、進学率だけの伸び率はアメリカと日本くらいかもしれない。それゆえか、教師の大学院卒が日本では少ない、と言う理論は、学位の上げ底としか言いようが無い。学問の道に王道は無いはず。そんなに学士、修士、博士が増えても就職口はあるのだろうか。。。実態とあるべき基準との乖離がありすぎているのがどの分野においても見られるように思えるが、如何なものか。

一昨日、民主党党首辞任をした小沢一郎、え、また!もう今度は政治生命を賭けると言い放っていたのだから政界を去るべき!厚生大臣となって予算のことを考えず、相談なしにフライングして一生懸命仕事している桝添要一はかって、桝添不要一と渾名されていたが、今は一生懸命批判していた時代の自己実現をして働いている。頑張って欲しい!
小沢一郎の壊し屋はもう廃業ではなかろうか。(サンケイは擁護しているが。。。)
先日、岩手を旅していて、列車内で乗り合せた初老のご婦人たちと話したところ、東北とりわけ彼の出身県岩手で県民が「民主党が仮に政権党となっても、総理大臣にはならないでしょ。」それ以上は言わずと知れたことでしたが、感じていることは多くの国民と地元民も同じです。
福田自民と小沢民主の党首会談をセットしたと言われている読売のナベツネ、球界の一リーグを政界にも応用させようと、余計なことしないで隠居すればいいのに。日本社会での老害は、はなはだしい。調整するばかりが能ではない、時代に即した提案が必要。独善的だ。
仮に民主党が政権党となったとしても、以前にあった村山政権と同じ結果となる。与党としての立場で、野党としての言動、行動が国際社会で通用させるには、明治維新位の覚悟と準備とリスクを伴う。野党として野次を飛ばすほど楽ではないはず、こんな当たり前のことをまた繰り返すのか。本気でやるには絶対無理。しかし今、国際情勢を変えうる良いチャンスであることは事実だが、残念ながら国際情勢を左右する力量は日本の政治は全く無い、無能で子供っぽい政治屋集団。今後日本の政治に関わる人たちは、国際的な企業で成功した一流人に登場して欲しい。それと報道関係者もバカバカしい質問と報道に嘆かわしい。そのうち、立派な学歴だけで通用してきた××,○○、△△新聞記者よりは、ネットで支持されるジャーナリストに本物が出現するだろう。

西村肇著『古い日本人よ、さようなら』を読んで隠居して欲しい人がたくさんいる。会社内においても然り、状況は似て非なるかな。戦争に負けて、指導された民主主義という名のもとに杓子定規なまでの自由度の許容が、国民同士をヤマアラシが冬眠時に距離を保たずして味わうようなとげとげしい社会にして、何一つ問題は纏まらず、人を殺しても理屈を膏薬のように貼り付けて、死刑廃止が目的なのか、狂気としか思えない弁護士としての良識を疑う裁判沙汰も日常茶飯事。

美しいたまプラーザを壊す自動車族、これもミーイズム以外の何ものでもありませんね。
西村先生は、凄い! 私はもう戦い疲れてしまい、ただただ日本社会にあきれるばかりです。暴力教室や殺人事件等は日本だけではない、欧米、お隣韓国でも同様の実態であることは前提です。

今朝のニュース、介護士が事実婚で生まれた第二子に対する「非嫡子」での届け出は差別用語なので役所に届けず、無戸籍状態だ、として国に控訴したが、逆転敗訴は当然だと思う。これもミーイズム以外の何ものでもない。迷惑なのは、子供、しかし、こんな親に育てられているうちに親子とも亀田親子のような事態になるのは、火を見るよりも明らか。
今の日本には良識がなくなってしまった。みんなでこうした憂慮する事態を真剣に考えよう。これは、先ず小学校教育の中ではじめ、TVのバカ番組に広告料を支払う企業にも大きな責任があるはず。
愚弄されて、くだらない商品を買わされている自分に気づかないテレビ視聴族。ただより高いものは、無いはず。
良識の復権、有難う、失礼、ごめんなさいが言える、公共精神がある社会に、日本を育てゆきませんか。
 
 

国歌斉唱で不起立 報告は不当

 投稿者:ホッシュジエンの国内ニュース  投稿日:2007年10月30日(火)18時39分3秒
  神奈川県教育委員会が県立高校の卒業式や入学式で国歌を歌う際に起立しなかった
教職員の氏名を学校に報告させたのは「思想信条にかかわる個人情報の収集に当たり、
条例に違反する」とした答申を県の審査会がまとめました。神奈川県は、報告された
氏名を記録した資料の廃棄を検討することにしています。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 彡ミ    ___  __    世の中が戦争へ向かおうとする気配を感じる中で
  |ヽ  /|  ,,,,,,,,l /  /    こうした行為に歯止めをかけるのはよい事だ。
  |ヽ   | | ミ ・д・ミ/_/旦~~
  ⊥   |  ̄| ̄|| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄| いま大規模戦争なんかやれば、一気に温暖化が
  凵    `TT | ̄l ̄ ̄ ̄ ̄ ̄l    進んで取り返しのつかない事態を招きますよ。(・A・ )

07.10.30 NHK「国歌斉唱で不起立 報告は不当」
http://www.nhk.or.jp/news/2007/10/30/k20071029000066.html
 

国歌斉唱の義務なし、都に賠償命令

 投稿者:ホッシュジエンの国内ニュース  投稿日:2006年 9月21日(木)20時19分56秒
   判決で、東京地裁は、学習指導要領の国旗・国歌条項は理念を強制する
ものではないと指摘しました。
 そのうえで、「都の通達・指導は一定の理念を教え込むことを強制するに
等しく、違法であり、それを望まない教職員に懲戒処分をしてまで起立・斉唱
させるのは思想、良心の自由を侵害し、行きすぎた措置だ」として、都の教育
委員会の通達などが違法だと判断。起立や斉唱の義務はないとして、東京都側
に総額1200万円の賠償を命じる原告勝訴の判決を言い渡しました。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 彡ミ    ___  __    君が代強制は違憲という好ましい判例だが
  |ヽ  /|  ,,,,,,,,l /  /  喜ぶのは少し待って欲しい。
  |ヽ   | | ミ ・д・ミ/_/旦~~
  ⊥   |  ̄| ̄|| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄| 訴訟自体も教基法に触れていないし、安倍は教基法
  凵    `TT | ̄l ̄ ̄ ̄ ̄ ̄l   改正を最優先してる。むしろよく考えた方がいい情勢です。(・A・ )

06.9.21 TBS「国歌斉唱の義務なし、都に賠償命令」
http://news.tbs.co.jp/headline/tbs_headline3385031.html
06.9.21 朝日「『臨時国会は教育基本法改正が最重要法案』安倍氏会見」
http://www.asahi.com/politics/update/0920/009.html

* 憲法には具体的な罰則規定がありません。よって判例は以後の事例に
  あまり拘束性を持ち得ないものになりがちです。
 

ある日本人プロデューサーの回想

 投稿者:吟遊詩人  投稿日:2006年 1月22日(日)11時50分0秒
  1974年バイエルン国立歌劇場初来日にむけて交渉しているさい、日本側を代表して、佐々木忠次氏はブリュンヒルデ役に「ニルソンを」としつこく主張したそうです。その時、この歌劇場の総裁であり演出家としても名高いレンネルト氏は、このように語りました。

「われわれオペラの先進国であるヨーロッパのオペラハウスでは、たえず有能な新人歌手の発掘とスタッフの育成に心血を注いでいる。伝統のない国では功なり遂げた商品価値のあるスターを集め商売にしているが、我々にとってはデビューさせ才能を見極める所までが仕事だと言っても過言ではない」

「日本公演で予定されているビョーナーにまだ名声がないからといってビョーナーをあなたが毛嫌いするのではオペラの引越し公演を実現させるプロデューサーとして認識不足ではないか」

「オペラハウスというのはひとつの社会だ。ここでも千人近くが働いている。いいものを作には財力が必要である。だから私はお金を決して軽蔑しない。お金を払わなければいい合唱団もバレエ団もできない。いいオーケストラのメンバーを雇うことができず、いいソリストも招くことができない」

まことに耳が痛い言葉の数々です。

注:佐々木氏の著書『だからオペラは面白い』(世界文化社刊)より

http://www.nbs.or.jp/TokyoBallet/ja/company/dancers/general_director.html

 

無題

 投稿者:seiichi kurihara  投稿日:2006年 1月19日(木)14時32分55秒
  ホームページを開きました。
1月11日11時~午後2時までの3時間の間にアクセス者が6名です。
1日2,30名ほどのアクセスがあるようで、繁盛していると感じました。

Business Communication Schoolですが、私は対象者の圏外のようです。
日本語で会議をしていると「つぶれる危険がある」とのことですから、
ギクッとする人が少なくないのではないでしょうか。
残念ですが、私もその一人です。

私はどちらかというと、逆なことを主張しています。これからの時代の
企業間や企業内の社会関係は、プロ同士が創造的な営みに向かって
深いレベルのコミュニケーションを出来る関係かどうかが決定的だと思います。
問題はそうした関係を構築できる文化的(言語も含めて)土壌は何かです。

人の行動を導く面では、何のために仕事をするのかといった価値観の面が
とても重要だと思います。そうした点において、日本的な土壌はまだまだ
新しいモノを育てる土壌としては、捨てたものではないと思います。

出来上がったものは全てお金で買えます。生産技術でも、それが成熟して
技術の本質的な内容が機械に外化した段階に至った分野では、
日本に比べると中国は決定的に有利だと思います。
金はあるし決断は速いでしょうから。

しかし、コミュニケーションをベースとした集団的な創造活動はどうなのでしょうか?
金が欲しいことが目的としている人が、他人と長期間に亘って協働出来るか?
それも自分の知恵を出すことを惜しまずにです。
この点に何を何のためにするのかといった価値観が大きく影響すると思います。
その点は中国人だけではなく日本人にも当てはまります。

金の欲しい人は「ホリエモン土俵」で勝負することが、最も効率的ですが、
この土俵で勝つ人は、誰でも分かっているように、ほんのほんの一握りです。
ですが、問題は敗者が単に敗れて済むと言うことにはならない点にあります。
その土俵自体への批判、つまりそれが社会全体にとって是とすべきかどうかという
問いを発する権利と心理とを放棄して初めて土俵に上がれるのです。

人間にとっての社会的価値が全て金銭的価値に還元され、競争市場原理におかれ
その結果、各人の心の中の社会的精神が武装解除されるわけです。
圧倒的多数は敗者にならざるを得ない社会的構造に対して、敗者或いはそうなる
しか無い人達に、彼ら自身からの批判を内在的に封じる構造だと思います。

書いているときりがありませんので、これで止めます。
また、お会いして議論したいことが増えました。
 

ゾルゲ事件

 投稿者:吟遊詩人  投稿日:2006年 1月13日(金)17時27分40秒
  リヒャルトゾルゲと尾崎秀実は極刑判決を受け刑を執行されたこと、これは皆さんご存知だと思います。しかし彼らの弁護人が期限内に上訴を怠ったことを、ご存知の方は少ないのではないでしょうか。もし弁護人が上訴を怠らず、裁判が終戦まで持ち込まれていたのなら、彼らは無罪判決を受けた可能性さえあります。  

訪問させていただきました。

 投稿者:西村 麻椰香メール  投稿日:2005年12月23日(金)14時21分34秒
  久しぶりに訪問させていただきました。肇さんHP運営がんばってくださいね!
今年も残すところわずかです。これから益々寒くなりますので、健康に気をつけてください。皆さんも健康に気をつけてくださいね^^
Please spend cheerful Christmas and the happy New Year.
 

本を世に送り出す最終段階

 投稿者:吟遊詩人  投稿日:2005年11月23日(水)16時44分1秒
  加藤寛一郎氏によるインタビュー集『「知」の頂点』(講談社:1998年9月発行)を読んでいると次のような個所がありました。ちなみにインタビューを受けている人物は吉川弘之氏です。

「先生は英語は非常にお上手ですね」

これを読んだとき訝しく思いました。何故なら「英語が非常にお上手ですね」ならばすんなり受け入れることができるのですが、「英語は非常にお上手ですね」であれば続いて「しかし○○語のほうは・・・」とつなぐことも可能だからです。

まえがき(1997年12月)には「対談の録音は、橋口敏子氏によってテープを起こされた」となっていますが、そのテープが残されているのであれば、加藤氏が実際にそのような質問されたかどうか、テープを起こした時に聞き違いがないかどうか、ぜひともその部分を一度聞いてみたいと思います。

また印刷にまわされるまで、誰もこのことに気づかなかったのでしょうか。
 

目からウロコが溢れそうになりました。

 投稿者:匿名希望  投稿日:2005年11月17日(木)00時15分25秒
  「古い日本人よ、さようなら」を読み始めました。“目からウロコ”の連続でページが減っていくのが惜しい感じです。物理系の科学者の理性的な中にも“地球的な愛情”溢れる文章を読んでいて、まるっきり文科系の小生には又違った角度からモノを考えさせられて、大いに為になりました。是非法科大学院生の息子にも読ませたいと思います

http://www.natsuzora.com/may/town/jike.html

 

歌詞と音楽の融合

 投稿者:吟遊詩人  投稿日:2005年11月 6日(日)16時11分16秒
  作曲家中田喜直さんの著書『音楽と人生』(1994年音楽之社発行)より引用します。

私は、まず日の丸と、君が代を一緒にしないで別々に考えるべきだと思う。酒とタバコの違い程ではないが、種類の違うものを一緒にしない方がいい。

私は、日の丸は非常に単純だがすっきりしたデザインでとてもいいと思う。変える必要はないと思う。私は戦争で危うく生命を失いかけたが、日の丸に対して何の恨みもない。日本の国旗として尊重する。

小学校二年生の時、「君が代」を書きなさい、と言われ、次のように書いたのを非常にはっきり覚えている。

きみがああよーわ、ちよにいいやちよにさざれ、いしのいわおとなりて、こけのーむうすうまーああで、

漢字がわからないから、自分で歌いながら、ひらがなでそのまま書いた。見てわかる通り、意味は全くわからない。わからないまま歌っていたが、子どもだからわからなくてもいいのだ。ただ大人になってわからないのは困る。

非常に大切なことは、「君が代」は歌曲であって日の丸とは違うのだ。歌曲は歌詞があって、その言葉は具体的な意味をあらわす。メロディーは抽象的で意味を(殆ど)持たない。

カラヤンがベルリンフィルのオーケストラと共に初めて来日した時、、颯爽とステージにあらわれたカラヤンが、全員が立ち上がったオーケストラを指揮した「君が代」の演奏は本当に素晴らしかった。その時ベートーベンの五番の交響曲などを演奏したのだが、そのことはあまり覚えていなくて、「君が代」だけが特別に強く印象に残った。今でも技術の高いブラスバンドなどで曲だけ演奏すると、とても素晴らしいと思う。しかし歌うと、大相撲の時のように間が抜けて全くつまらない歌になってしまう。
何故か・・・。
メロディーはいいのだが、言葉とメロディーが全くあっていないのだ。歌詞が短くて、メロディーが長い。

「君が代」の歴史などについては、藤田圭雄氏が、『「君が代」の履歴書』、という表題の小冊子に詳しく書かれており、大変参考になる。その中に、福井直秋氏が、私と同じ考えでメロディーはいいのだから変えず、歌詞をかえる、ということで次のような私案を作られたことが書いてある。私は「君が代」より、歌曲としてはずっといいと思う。

国民(くにたみ) われら
日出ずる日本のわれら
国に 誠をささげ
国の 栄を祈らん

「君が代」は歌曲なのだから、政治的だけでなく、歌詞と音楽の面でも考えなければならないことだ。私は歌曲の作曲家なのだが、まだ一度もその相談を受けたことがない。

中田 喜直/なかだ よしなお(1923~2000)
1923年東京生まれ
1943年東京音楽学校ピアノ科卒
同年10月宇都宮陸軍飛行学校入学(特操一期)

1993年フェリス女学院大学名誉教授

作品:「小さい秋見つけた」 「雪の降るまちを」「めだかの学校」ほか、歌曲、童謡、合唱曲、ピアノ曲など多数
 

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